ブラームスが、音楽面での恩師ロベルト・シューマンの妻クララとの特別な仲であった事は、良く知られています。
第三回演奏会で取り上げるブラームスの交響曲第一番ですが、実は四楽章のホルンで奏でられる有名なアルペンホルン風のメロディにも、実はその愛の形が込められています。
交響曲第1番は1876年11月に初演されますが、遡ること8年前の1868年9月12日、ブラームスはクララの誕生日を祝って一通の書簡を彼女に送っています。そこには“ヨハネスからクララへ”と題して9小節のメロディが歌詞を伴って記されていました。これこそが、件のアルペンホルンのメロディの原形となったものです。
歌詞の内容は「山の高みから、谷の深みから、きみに幾千回もの挨拶を送る!」というものです。着想から20年余を経て漸く完成させたこの、音楽史的にも圧倒的な価値を持つ交響曲に、ブラームスは至極個人的なメッセージを込めていたのでした。
勿論、この当事者間しか知らない筈の事実が明らかになったのは、後世の研究の成果によるものです。尚、初演を聴いたクララが、8年前の一枚の手紙のメロディに気付いたのかどうか。それは二人のみが知る永遠の秘密です。
因みに、クララ・シューマンのクララは「Clara」と綴られます。この中で実音として存在するのは「C」と「A」です。クララの夫、ロベルト・シューマンが、このスペルから作品を生み出していったのは、嘘の様な本当の話ですが、そのクララを愛するブラームスが、満を持して発表した交響曲第一番が、Claraの頭文字であるハ短調で始まり、ハ長調で終わるのは、決して偶然とは言えないかも知れません。